科学誌 Nature が2026年9月17日、ツタンカーメン王墓(KV62)の北側に未知の空間があるとする新しい物理探査データを報じました(原文)。論文は同日、Amarna Royal Tombs Project の紀要 Occasional Papers 第8号として公開されています。ネフェルティティ王妃の墓ではないか、という10年越しの説がまた動き出した形です。ただしこの説には、2018年に一度「存在しない」という結論が出ています。
公表されたのは「北へ25〜30m」という主張
調査を率いたのは、カイロのアイン・シャムス大学に所属するマムドゥーフ・エルダマティ氏。エジプトの元考古大臣で、2015年にこの問題の指揮を執っていた人物です。共著者には、説の提唱者であるニコラス・リーブス氏も入っています。
チームは2023年から2024年にかけて、墓の内部からの地中レーダー(GPR)に加え、この現場では初めてとなる微小重力測定を行いました。地下の物質の密度差を読み取る手法です。過去の電気探査データも合わせて解析した結果が、今回の内容になります。
2023/24年の構造調査は、KV62の北方およそ25〜30mに、一般に見分けのつく型の墓所複合体が存在することを高い確からしさで示した。この空間には5〜6の部屋が存在する可能性が高い
Occasional Papers of the Amarna Royal Tombs Project 第8号(2026)/筆者訳
これらの空間どうし、およびKV62とをつなぐ通路は、古代のうちに瓦礫で意図的に埋められた、というのがチームの見立てです。次の段階として、エジプト考古最高評議会が許可すれば、小さな穴を開けて小型のカメラ付き車両を送り込む計画があり、早ければ2026年11月に始まる可能性があると、共著者のジョージ・バラード氏が Nature に語ったと伝えられています。
同じ問いに、すでに一度「無い」という答えが出ている
出発点は2015年です。リーブス氏が、スペインの工房が公開した王墓の高精細スキャンを分析し、埋葬室の北壁と西壁に直線状の亀裂と塗り替えの跡があると指摘しました。古代エジプトの墓では、奥の空間を隠すために偽の壁を築くことがある。だからこの向こうに別の埋葬室があり、そこにネフェルティティが眠っているのではないか、という筋書きでした。
同じ年の11月、日本のレーダー技術者・渡邊広勝氏が墓の内部から走査を行い、壁の裏に空洞があるという結果を出します。当時のダマティ考古相は会見で「およそ90%」という数字を口にしました。
ところが翌2016年、ナショナルジオグラフィック協会のチームが同じ場所を走査すると、この結果は再現できませんでした。渡邊氏の生データは公開されていません。機材を独自に改造しているため他の人間には読めない、という理由が説明されています。
決着をつけるため、エジプト考古省は第三の調査を公募します。選ばれたトリノ工科大学のフランチェスコ・ポルチェッリ氏らが2018年2月、150MHzから3GHzまで3系統のレーダーを使って密に走査しました。結果は――埋葬室に接する範囲には、自然の岩盤から人工的な塞ぎ壁へ変わる不連続も、扉枠や楣の痕跡も、部屋の壁と読める反射も見つからない、というものでした。この結果は翌年、査読誌 Journal of Cultural Heritage に掲載されています。チームは、初回の走査で空洞に見えた信号の正体について、石灰岩を覆う漆喰の層をレーダー波が伝わって戻ってきたものではないかと見ています。
主張している「場所」が、10年で外側へ動いている

ここが今回もっとも重要な点だと考えます。
2018年に否定されたのは、「埋葬室の壁のすぐ裏、およそ4mまで」の範囲です。対して今回主張されているのは、「北へ25〜30m」。どちらも「ツタンカーメン王墓の隠し部屋」という同じ言葉で語られていますが、指している場所が違います。
つまり今回のデータは、2018年の結論を覆すものではありません。壁の裏には無かった。だがもっと先にはあるかもしれない――そう探索範囲を外側へ移した、という関係になります。裏を返せば、この説が10年間ひとつも決着せずに続いてきたのは、否定されるたびに主張の位置がずれてきたからだ、という見方もできます。
発表の場も見ておく必要があります。今回の論文が載った Occasional Papers of the Amarna Royal Tombs Project は、リーブス氏自身が代表を務めるプロジェクトの刊行物です。2015年の最初の提唱も、同じ紀要の第1号として出されました。一方、2018年の否定側は外部の査読誌に掲載されています。どちらも「発表された研究」ではありますが、通ってきた検証の厚みは同じではありません。Nature の記事でも、独立の立場の専門家はデータを興味深いとしつつ、結論を出すには早いと評価していると伝えられています。
レーダーが「有る」と言い、当局が否定する構図
エジプトでは、物理探査の結果をめぐって同じ形のやりとりが繰り返されています。
2025年3月には、イタリアの研究者グループが合成開口レーダー(SAR)の解析から、ギザ台地の地下に巨大な構造が広がっていると発表しました。8本の円筒状の構造が地下648mまで続き、三大ピラミッドの下を2kmにわたって結んでいる、という内容です。これに対して元考古大臣のザヒ・ハワス氏は、主張は誤りであり、使われた技術は科学的に承認も検証もされていないと反論しました。エジプト当局はそもそも現地での作業許可を出していない、とも説明されています。この一件はギザ地下4000フィートに“巨大構造物”で詳しく扱いました。
地下を直接見ずに構造を推定する手法は、「無いものを有ると読む」誤りを起こしやすいという弱点を抱えています。岩盤の亀裂、既知の別の墓、装置そのものが生む反射。今回の微小重力測定も、密度の差を読む以上、性質としては同じ不確かさの上にあります。ギザで浮上した「第2のスフィンクス」をめぐる議論も、結局は同じ論点に行き着きました。
そして、新しく見えた説を遡ると意外な古さに行き当たることもあります。大ピラミッドに「コード」が隠されているという最近の説を160年前まで遡った回は、その典型でした。
今回は「掘れば分かる」段階に来ている
ただし、今回の件には過去と決定的に違う点があります。
これまでの10年は、走査の結果が食い違ったまま議論が止まっていました。今回は、小さな穴を開けてカメラを入れるという、白黒のつく手順が具体的に提案されています。許可が下りれば、10年続いた論争が数ヶ月で終わる可能性があります。
判断はエジプト考古最高評議会に委ねられています。現時点で言えるのは、北側に何かがあるという推定が新たに出された、というところまでです。それがネフェルティティの墓かどうかについては、チーム自身も断定していません。
出典
- 一次資料:Eldamaty, M., Abbas, A. M., Ballard, G. & Reeves, N., Occasional Papers of the Amarna Royal Tombs Project No. 8(2026年9月17日公開)【確認済み】
- 一次資料:Reeves, N., Occasional Papers of the Amarna Royal Tombs Project No. 1(2015)【確認済み】
- 一次資料:Sambuelli, L. et al., “The third KV62 radar scan: Searching for hidden chambers adjacent to Tutankhamun’s tomb”, Journal of Cultural Heritage 36, 63-71(2019)【確認済み】
- 参照記事:Nature「Exclusive: New evidence for hidden chambers beyond Tutankhamun’s tomb」2026-09-17(リンク)【未確認】
- 参照記事:Gizmodo/Margherita Bassi「Could King Tut’s Tomb Be Hiding an Ancient Queen?」2026-09-18(リンク)【未確認】
- 参照記事:National Geographic「Tut’s Tomb Radar Scan Proves There Are No Hidden Chambers」2018-05(リンク)【未確認】
- 「主張の位置が外側へ移動している」という整理は筆者の解釈です【推測】
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